日本人の痛風が急増している

日本人の痛風が急増している

日本人の痛風

 痛風とは、ある日突然、足の親指などの関節が腫れて、猛烈な痛みにおそわれる病気です。

 

痛風の名の由来は、あまりの痛さから「風が吹いても、そのわずかな感触で激痛が走る」とか、突然発作が起こることから「痛みが風のようにやってきて、風のように去っていく」といったところからきているといわれます。日本で痛風患者が初めて報告されたのは、今から約100年ほど前、1898年のことです今でこそ、痛風はだれもが知っている一般的な病気ですが、当時は痛風という病気の存在すらあまり知られていませんでした。
明治時代に来日したドイツの医学博上ベルツも、「日本人には痛風はほとんどみられない」と書き残しています。殴米の先進国では、明治以前にも痛風にかかる人が多かったようですが、当時の日本で痛風にかかる人は、ごく限られた上層階級の人だけで、一般庶民とは縁のない病気だったのですところが現在、日本の痛風品者数はじつに印万人といわれています。庶民には存在すら知られていなかった痛風が、わずか100年の聞に、だれもがかかりうる病気になってしまったのです。いったい何が日本の痛風事情を変えてしまったのでしょうか。

 

痛風患者が激増

 日本で痛風患者が激増したのは、高度経済成長則に遡る30年〜40年ほど前のことです。敗戦直後の日本では、食料事情が極端に悪く、みな食べていくのがやっとでした。その後、日本の経済は見事回復し、高度成長期をむかえるわけですが、経済に余裕がでてくると、生活のスタイルが変わってきました。あらゆる面で、殴米化が進んだのです。食生活も例外ではなく、低脂肪、低たんぱく、低カロリーの和食中心だった日本人の食卓は、高脂肪、高たんぱく、一日カロリーの欧米食へと変わっていきましたかつての英雄や金持ちたちが患者だったことから、「帝王病」や「ぜいたく病」などとよばれていた痛風が、だれもがかかりうる「一般病」へと変わり始めたのは、ちょうどこのころです。肉やアルコールの消費量に比例するようにして、痛風忠者は増加の一途をたどっていきました。どうやら、痛風と食生活の殴米化には、切っても切れない因果関係が隠されているようです。

 

とはいっても、1960年代ごろまでは、患者の傾向を職業別にみてみると、会社社長やプロ野球選手、大学教授や医者などに多く、やはり一般的には「ぜいたく病」とみられていたようです。しかし、現在は「1億総グルメ」といわれる時代です。同民全体の生活水準が向上し、食生活にも大きな差はなくなりました。「飽食」の時代である今、もはや痛風は「お金持ちがかかる特別な病気」ではなくなったのです。

 

痛風予備軍はなんと300万人!

 痛風が特別な病気でなくなった今、日本の痛風患者数は約50万人、その予備軍ともなると100万人とも300万人ともいわれています。予備軍とは「高尿酸血症忠者」のことで、高尿酸血症とは、体内でつくられる尿酸という物質が過剰になってしまう病気です。通常、体内の尿酸は生産と排池のバランスを保ちながら、つねに一定の量に保たれるようになっています。ところが、生産が過剰になったり、排池が抑制されると、体内の尿酸は一定量を超えてしまいます。過剰になった尿酸が血液中に溶けきらずに、結晶となってからだのあちこちの関節部分にたまると、激痛をともなう「急性関節炎発作」が起こります。これが痛風の発作です。

 

高尿酸血症は、痛風の背景に必ず潜んでいる病気です。高尿酸血症でありながら、痛風の発作を発症していない人は「無症候性高尿酸血症」とよばれ、いつ発作が起きてもおかしくない状態にあるといわれています。痛風や高尿酸血症は中高年男性に多いことから、40代以上の男性のじつに10人に1人が、痛風あるいは痛風予備軍と考えられます。痛風や高尿酸血症の恐ろしいところは、病気そのものはもちろん、心臓病や高血圧、高脂血症など、さまざまな合併症を引き起こす危険性があるという点にあります。無症状だから、あるいは痛みの発作が治まったからといって、治療をおろそかにしたりせず、早いうちに適切な予防や治療を行うことが大切です。